2010/09/21

NEWリバランシング



・・・思えばここからガタガタといろいろ始まったと言えるだろう・・・。
いや、始まったというより、始まらないように固めていた壁を猛烈に破壊されたので、当然のごとく、何かが流れてしまったのだな・・・。

なんて、意味深な始まりですが、少し前に新しくなったリバランシング療法を受けてきました。リニューアル記念にお得意様サービスプライスで受けれるということで、いつものように「せっかくだから」と行ってきたわけです。

何が新しくなったかというと、以前までのリバランシングに加え、クラニオセイクラルというのを加えた療法だということ。
届いたはがきによると、「これまでとは違ってソフトなので痛みを感じない」とか、「相当集中するので、やってるときは電話に出れない」などと書かれており、あの悶絶な痛みに耐えるリバランシングじゃなくなったのか〜と、いささかドM的な寂しさを感じつつも、プレムクリニックへ向かいました。

どれどれ、と早速やってもらうと・・・

「・・・先生、痛いんですけど!」

「はい。痛いです。」

「ハガキに痛くないって書いてあったけど!」

「痛くない訳じゃないです。ここは前と変わらないからね〜」

「・・・インチキじゃ〜っ!」

ということで、リバランシング部分はこれまでと変わらず、適度な痛みを伴うトリートメントです。

このリバランスで体を整えたあとに、クラニオセイクラルで脳脊髄液のリズムを整えていくので、ただクラニオセイクラルだけやるよりも良いらしい。
なんせ、背骨を通っている脳脊髄液のリズムを整えるわけですから、背骨周りの筋肉や背骨の曲がりや歪みや縮みなんぞを整えてからやったほうが良さそうというのはわかりますよね。

で、ガシガシからだを整えてもらったあとに、ようやくクラニオセイクラルに・・・。ちなみに、しゃべれないのはこれをやっている10分間くらいで、あとはトークOKです。

やられた感想としては、「ん〜。パルス整ってる・・・」とかそういうのはわかりませんでしたが、最後の方でなんか、潜在意識にあったかと思われる映像がバババッとフラッシュバックしたみたいになり、「へ?なんじゃらほい?」と思っている間に終わりました。
あ、あと、いつでも誰にでも指摘される左上半身のエネルギーが通りがよくなった感がありました。・・・そうか、そのせいで、あとからいろいろあったんだな・・・ブツブツ・・・。

大体リバランシングをやった後は、1週間くらいの間にどん底と高揚を味わうのですが、今回はそれがありませんでした。

だが・・・だからといって万事順調に終わったわけではありませんでした・・・。

つづく

2010/09/16

どこで、というより、何を。


前々から何度も書いてるかもしれませんが、パーソナルカラーを勉強し、勉強したことを実践するようになってから、「いつもおしゃれですね〜。お洋服どこで買っていらっしゃるんですか〜?」と、言われること多数。

実際にどこで買っているのかと言われれば、特定のブランド・・・を持つとそこは必ず撤退するか消えるという個人的法則があるので・・・は持たず、必要なものを、ありそうな場所をぶらついて探して買っているわけです。

でも、毎度思うのは、重要なのは「どこで」買っているのか、もしくは「どのブランド」のものなのか、ということではなく、「何を」買っているのか、ということだと思う!

要するに、ヨーカドーで買っていても、エルメスで買っていても、自分に似合うものを選んでいるか、ということが大切なのです。

このことについて考えていて、ふと思いました。

もしや、
「自分に合う」ということをあまり気にかけていない人が多いのでは?
・・・と。

自分に合うものを着ているかどうか、ということについては、

1)自分に似合うものを知っていて実践できている

2)自分に似合うものを知っているが実践できてない(特訓中)

3)自分に似合うものを知らない

4)似合うとかそういうことを考えない

という各段階があると思います。

で、多くの人がもしかして4なのではないかと・・・。

じゃ、4の人たちは、服を選ぶとき何に着目をしているのか。
鏡の前で服をあてがったときに一体何を見ているのか。

もしかしたら、

「自分ではない誰か」

を鏡の中に見ているのではないでしょうか。

「自分ではない誰か」とは、自分が同一視したいと思っている誰か、つまり、憧れの存在や、お気に入りのモデル、歌手、俳優、ファッションスタイル・・・などです。

鏡の前に立った時、それらと「同じになっている」かどうかだけに着目し、「自分に合っているか」を見ていないのではないでしょうか。

そんな風に思いました。

まずは、冷静に鏡に映った自分を観察してみること。

それが、第1歩か・・・、などと思う今日この頃、、、ですな。

2010/09/15

人間パワースポット


今日は、「1/f ゆらぎ」の話。

一時期話題となった「1/f ゆらぎ」は、一見規則正しくあるものの中にみられる不規則さ、といったようなことかと思いますが、人の体のリズムも「1/f ゆらぎ」になっていると言われ、そのため「1/f ゆらぎ」が人にとって快適に感じるという。。。

小川のせせらぎ、ろうそくの炎、木漏れ日などからも「1/f ゆらぎ」が発見されていて、自然現象の中には多くの「1/f ゆらぎ」があるため、その中に身を置くと癒されるという。。。

有名なのは、美空ひばりや宇多田ヒカルの声が「1/f ゆらぎ」だと言われていることですよね。

最近私が聞いた話によると、ダライラマの声も「1/f ゆらぎ」で、そのため、講話を聞きにきた人で寝る人続出(^^ っていう話。

こうして聞くと、「1/f ゆらぎ」を持つ人って特別な人なのかな〜とか思っちゃいましたけど、冷静に考えると、万物の持つ不規則性が「1/f ゆらぎ」なのかな〜と思ったり。

でも、とある人から発見され、とある人からは検出されないのはなぜか。

直感的に思うのは、その人がリラックスしているか、ということかな〜。人間もリラックスしていたり、あるいは、すごく集中しているとかでもいいのかも。そういうとき「1/f ゆらぎ」の状態になっているのではないかなぁ。

私は、母が台所で夕飯の準備をしている音を聞きながら昼寝するのがとてもリラックスできて心地よいのですが、それもおそらく「1/f ゆらぎ」だからじゃないかな!

だから、「1/f ゆらぎ」というのは特別なことではなくて、この世のベーシックな原則なのかもしれないなと思います。
名のある芸術家などが、「神はまっすぐな線をこの世に創っていない」というようなことを言っているけれど(要するに、自然の中にはものさしで引いたような直線のものはないという意味)、それが「1/f ゆらぎ」ってことじゃね?みたいな。

こんなに連発して「1/f ゆらぎ」と言ってるわりにはこれについて大して知っているわけでもなく、いつもの単なる直感的な妄想です。

先日、つるべが坂東玉三郎のことを「人間パワースポット」と言っていたけど、結局この「1/f ゆらぎ」状態で常にいれる人が人間パワースポットと称されるような人なのかなぁと。

リラックスして集中している状態。
つまり、ま、ある種、「目覚めている」、ってことですかね。

2010/09/05

特技


誰にでも特技のひとつはあるもの・・・。
でも自分の特技が何か、自分では気づいていない人も多いですよね。

私もそんな一人でした。
ところが最近、「もしかして特技かもしれない」ということがひとつわかってきました。

それは、

「近日中に妊娠する、もしくはしているのがわかる」

という特技です!

自分が妊娠しているかどうか、わかるという意味ではありません。
他人の状態のことです。

最初にそう感じたのはもう何年も前ですが、久しぶりに友人(女性)にあったときに、パッと見た瞬間に「妊娠したな。」と思ったんですね。
で、「妊娠した?」と聞いたら、第5週とか6週とかなんかすごい早い段階ではあったけど、確かに妊娠しているとのこと。

「当たった」

とか思いましたけど、「きっと、シチュエーション的にも妊娠したっていう報告の可能性もあったし」などと思い、自分の特技とは思いませんでした。

その後しばらくしてですが、以前一緒に働いていた女性にトイレであったときに、「・・・妊娠したのかな?」とふと思いました。
なので、「妊娠されました?」と聞いたところ、「いえ、してませんよ〜」なんて言われ、その時は「錯覚か〜」と思っていました・・・
・・・が、その半年後ぐらいに、妊娠5ヶ月だか6ヶ月です〜なんて報告があり・・・。やっぱりあのとき、妊娠してた、もしくは受精してた(下世話 ^^;)んじゃね?とか思いました。

でも、よくよく計算すると(するなよ・・・)、確かにあのときは妊娠しているというわけでもないかも、と思い、もしかして、先んじて妊娠するのを感じているのかもしれない、と感じました。

とはいえ、この特技を実験することは難しいため、そういうタイミングだったときに、「やっぱりそうか」とか思うことが積み重なって段々、「特技かも」と実感してきたわけです。

身近な人だけではなく、芸能人とかでも、テレビを見てて「妊娠したな」と思っていると、大概後日発表があります。
今日発表があった香椎由宇ちゃんも、最近のアジエンスのCM見て「妊娠してる、もしくは、まもなくする。」と思っていました。
やっぱり当たったね!オホホ。特技だわ!やっぱり。

オーラ業界的には、「赤ちゃんの霊的存在がオーラの周りをうろついている」とか言ったりもしますが、私の場合は赤ちゃんの霊的存在がうろついているのが見えるというより、その人自身のエネルギーが急に変わるのでわかるっていう感じですかね。女性エネルギーに変化を感じるっていうイメージです。

見ず知らずで初めて会った人でもそれがわかるのかはわかりません。でもテレビでたまに見た程度の芸能人でもわかったので、大概はイケるかもしれません。

この能力を活かせば、「今、結ばれなさい!」とか、そういう子づくりプランニングとか・・・できるのだろうか。。。

あまりどう活かしたらいいかわからない特技。
でも特技ってそんなものが多いですよね。

2010/08/31

頭は使いよう


・・・今日も試されたな・・・

・・・それはさておき、
少し前に、ふと腑に落ちたことがありました。

それは、直感と思考の関係です。

よくこういうスピリチュアルな世界では、思考っつーのは邪魔者で、直感の方を重要視するのですが、それというのは、我々が直感というものにあまりにも疎くなってしまっているからそう言われているだけで、思考が直感より大事じゃない、という意味ではないのでは?と私は常々思っていました。

でも、大体直感的にピンときたことを、思考でこねくりまわしているうちに、好機を逃したり、全然関係ないほうへ行ってしまったりと、そんなことばかりで、思考が働くと確かにろくなことはありませんでした。

ですがあるとき、ふと、「思考の使い方を間違っているのではないか」という考えが頭に浮かびました。考えといっても、これは直感って方ですね。

どのように間違っているのかというと、私は大抵の場合、直感でピンときたことを評価したり、それが正しいのか間違っているのかを検査や調査するために思考を使っていました。
ですが、本当は、直感でピンときたことを、どのようにして実現化したり、実行したりするか、ということを考えるのが思考なのではないかな!と思ったんです。直感で。

そんな風に思うようになったら、直感が降りてきても、あんまりそれ自体に疑いの目を向けることもなくなり、それはそれとして捉えて、「んじゃ、どうしようか」ということを考えるようになりました。そのほうが建設的だし、前向きな感じで、さらに現在に立っている気がして、気に入っています。

疑いやら、判断やら、批判やらのために思考を使う癖がついていたので、直感で得たものを現実化する足かせになっていたようです。
直感には思考のもつような体系だったものが欠けているので、直感と思考をバランスよく使うことにより・・・まさに鬼に金棒やがな!

みなさんも、思考の良い面を全面に引きだして使ってあげてくださいましね。

2010/08/29

試しの使者


6月にフェイシャルリフレクソロジーヒーリングコースを受けていただいたお客様より、その後の激動の数ヶ月についてのメールが届きました。
フェイシャルリフレクソロジーは、肉体からエネルギーに働きかけるセラピーだと私自身は考えていますが、ご本人の変化の後押しとなれたようで大変うれしいです!

フェイシャルリフレクソロジーを受けていただいたその他のお客様からも感想をいただいておりありがとうございます!マニアックな肉体と事後反応の詳細レポートは私にとって大変参考になります。今回は激動ぶりが大変印象的だったYさんの感想を掲載させていただきました♪

→「お客様の声」よりご覧ください♪


さて、話は変わり・・・

最近発見したことがあります。
・・・といいつつ、もしかしたら以前にも発見していてブログに書いているかも・・・。歳をとると何度も同じ話をしてしまう、ということで既知でしたらお許しを・・・。


で、何を発見したかというと、「決意すると試される」ということです。

先ほどのYさんの感想でも、「一旦決めてみたら、周りの環境がまるで舞台装置が切り替えられるようにごろごろんと変わって」とありましたが、「こうしよう!」と選択して決めると、このように変化が顕著になるのはよくあることです。

私の場合は、こういうスパっと切り替えることがあんまりできていないのか、「よし!こうするんだ!」と思っていても、幾分かまだ未練や迷いを残しているようです。でも、理性とか意志の多くの部分では、「もう戻らないんだ!」としっかり踏ん張っています。

こういう状態のとき、私が手放そうとして今勇気を持ってゴミ箱へポイッと捨てたものに対して、あたかもそっちのほうが価値があるのだ、というように言ってくる人たちが現れるのです。

これを最初に実感したのは、屋久島旅行のときでした。
屋久島での旅では「自分の選択に責任を持つ」ことがテーマでもあったのですが、「一人で屋久島に行った」こと自体が私のひとつの選択だったわけですね。

で、今から思うとくだらない感じさえしますが、「一人で来て本当によかったのか?いや、これいいはずだ・・・。でも・・・」と、モジモジグダグタ考えていたりしたわけです。
とはいえ、テーマは自覚していたので最終的に腰が引けつつも「いいんだ!これで!」と自分に言い聞かせていた訳です。

すると、旅の最初の方の行程では、なぜか、私が一人で屋久島へ来たことに否定的なことを言う登場人物が何人か現れました。
バス停で一緒になった地元のばあちゃん。女の一人旅完全否定。
ま、ばあちゃん、島から1回も出たことないっていうから、女の一人旅が信じられないのはあたりまえかもしれないのですが、「ありえない」と言われると、ユラユラ私の心はその度に揺れちゃうんですね。
でも頭では、「ばあちゃんだから仕方ない」と自分に言い聞かせるわけです。一人旅なんて普通よ、見て!周りを!と周りを見渡すと、偶然、周り中、カップルやグループで、一人の人0%。マジ!?あれ?旅の情報ウソ!?とか思って、またユラユラ。

山で会ったオッサンたちにも、「ありえない」と否定され、その度に「マジ!?ダメだった!?」「間違ってた!?」とかドキッとしましたが、段々、「ええい!うるさい!あなたと私は違うんだからいいんだ!」と腹がようやく座るようになってきたわけです。

そうすると、不思議なことに、その後は、一人旅を肯定するような人物ばかりが目の前に登場してきたのです。

なんかそのとき、「・・・もしかして、試されてた?」と思ったんです。

で、そんなことがあったのですが、最近も、停滞していると思われる大きな2つのことにようやく手を付け始めたのですが、「少しスムーズになってきたな」と思うや否や、またもや試す者が出現したのです。

そのときは屋久島でのことを忘れていたので、一瞬、「・・・え?やっぱり私間違ってる?」とまた思いそうになりましたが、「・・・ていうか、試されてる!?」とハッと気づいたわけです。

私の近くには、エネルギーの変化に妙に敏感な「母」という存在がいるので(本人の自覚なし)、私が密かにエネルギーを変えていると、母がなぜかその話題を話し始め、今回はその試しの使者になっていました。

試されている → もうすぐ変化がうまくいく

ということが経験済みなので、試しの使者が現れると、「おっしゃ!来たな!」と、もっといったるで〜!という気持ちになれるようになりました。

私の前に出現する試しの使者は、大体私がやろうとしていることと反対のことを支持してきます。私が特にその話をしていなくても、自動的にそういう話題が出て、「こういうのって絶対こうだよね〜」とか聞いてもいないのに言ってきたりします。

わかりやすく反対のことを言ってくるので、使者だな、と段々すぐわかるようになってきました。

みなさんにももしかしたら同じようなことが起こっているかもしれませんので、気をつけて観察してみてください。おもしろいですよ。


2010/08/24

望みを叶えたいなら


望みを叶えたいとき、いったいどうしたらよいでしょうか。

私が最近思う、望みを叶えるためにもっとも大事なことは、「何を望むのかをハッキリさせる」ことです。

「これはやだ」とか「あれじゃない」などとはキッパリ思うものの、では何が良いのか、具体的にどうなってほしいのか、と考えると、案外ぼんやりしか思い浮かばなかったりします。

もしくは、「他の誰かが前に考えたおアツラエ向きのこと」がすぐに頭に思い浮かぶかもしれませんが、実際はそれは自分自身が本当に望んでいることとは違っていたりします。

私の場合は、望みがハッキリしてくるまで少し時間がかかります。

まず最初には、「これじゃないんだよな〜」という感覚が生じ、
「こうなってほしい」という考えがすぐに思い浮かぶのですが、それは実際には自分の本当の望みとは少しズレていて、反射的に出て来た「これじゃない」と思ったものと反対のことです。
で、やっぱり「でも、ちょっと違うかな〜。えーとえーと・・・」と日々思いをめぐらせて、余計な考えを取り除いたり、ぼんやりしている部分を具体的にしていていきます。

そうやってしばらくやっていると、自分が望んでいることをシンプルにハッキリと表現できるようになります。

そうなって初めて、宇宙や世界やワンネスやハイアーセルフとか、自分が願いを叶えてくれると信じているもので良いですが、それにスパッと伝えます。

そうすると、割とすぐに叶います。実現化してきます。
もちろん、グラウンディングしておくことや、自分のエネルギー体を自分の肉体と一緒にしておくことなど、そういうごく基本的なことはやっている前提ですが。

で、このスパッとシンプルにハッキリと望みを表現できないで、ぼんやりしたままお願いしても、全然叶って来ない・・・。というか、もしかしたら実現化してるのかもしれませんが、自分の本当の望みでなかったり、実現化されたものもぼんやりしているので気づかないのかもしれません。

自分が本当に望んでいることを知ることは、意外と難しいです。

自分が何を望むのかすぐにハッキリしてこなくても焦らないこと。
自分のことなんですから、ゆっくり冷静に考えればわかるはず。

慌てず焦らず、ゆっくりじっくり自分を見つめればわかってくるでしょう。