2012/01/29

口癖


野口晴哉の本に、「勝負を度外視してやろう!」などと言う人ほど勝負にこだわっている、などということが書いてありました。
要するに、勝ち負けにこだわる捻れ体癖であることが、しゃべる内容からもうかがい知れる、ということです。

先日、やたらと「利益にばかりこだわるやつらはろくでもない」みたいなことを言う人がいて、なんとなくぼんやり聞いていたのですが、あまりにも何回も言うので、最終的にはこの人は自分が損得体癖で最も利益にこだわってしまうのかな、などと思ってしまいました。

思い起こすと私も「そんなことしたら損する」というのが口癖なので、やっぱり損得体癖はあるなぁと思いました。
「こうした方が得する」という口癖じゃないところが笑えるところですね。

他にはどんな口癖があるかな〜と考えてみると、最近はあまり言わなくなったけれど昔良く言っていた口癖を思い出しました。
それは、「あさはか」です。

「あさはか」な人を嫌っていたし、あさはかと思われないようにしようと心がけていたし、他人に対しても「よく考えてからやってよ!」とよくプンスカしていました。
・・・ということは、逆に言うと、自分があさはかな行動をよくとる、とすれば、当てはまるのは捻れ体癖といったところでしょうか。
考える前に行動してしまうのが捻れ体癖ですので。

最近はあさはかさを忌み嫌う気持ちは全面に出て来ていませんが、やっぱり捻れ体癖もあるのかなぁと思いました。

損得&捻れ型ですね。

みなさんはどんな口癖がありますか?


2012/01/28

体の歪みの原因は?


先日八卦掌のクラスのときに先生が、体の歪みは骨や筋肉が原因じゃないと先生の老師に教えられたというお話をしてくれました。

では、体の歪みは何が原因だと思いますか?

と聞かれ、みんなうっすら「こころ、、、かな」と思っていたところ、先生の言った答えは「神経です」ということで、一同なんとなくズッコケ。

とはいえ、老師曰く、体の歪みは神経が原因で、神経はすぐに整えられるから(中国武術では意念でそのあたりを操る様子)歪みは練功すればなくなるとのことでした。

これを聞いて、なんとなく「確かにそうかも」と思ったのは、タッチフォーヘルスやブレインジムでバランス調整すると姿勢も整うからです。
これらのキネシオロジーでは、経絡や神経、リンパ系、血管系などのアンバランスを調整するのですが、そのアンバランスをただすと筋肉をほぐしたり骨をバキボキ調整しなくても、肩の高さも揃うし、前傾/後傾などの姿勢も修正されていたのを思い出します。

武術も達人ともなると、おばあちゃんの智慧的な感じでいろいろ知ってるんだな〜とか思っちゃいました。

八卦掌の基本の動きは、経絡に働きかける動きらしいので練習すればするほど、体も整ってくるとか。そんな一石二鳥的なありがたい武術なのに、まじめに練習せず、すんませんっ。先生!
週1回しか練習しませんが(自主練一切しない)、それでも何か少し体は変わってきている気もしないでもない。

私の参加しているクラスは、先生の教えているクラスの中でも異色のおふざけ系?ゆる〜いクラス(に結果的になってしまっている)らしいので、まじめにガツガツやりたい人には物足りないときもあるかもしれませんが、ああいうほのぼのした時間があってもいいのかな、なんて大人になった私は思います。参加しているメンバーが濃すぎるんだな。

それでも、先生が老師に見せるために練習風景を撮影するときは、いつもは見せない真顔で練習しました。(時にはまじめにやる、という風景)

老師も安心してくれたかな〜。

2012/01/18

Doing 、 Being


コーチングを学んだときに、コーチとはDoingではなくてBeingだ!みたいなことを習ったような。

つまり、コーチとは「何かをする人」のことではなく、コーチという「在り方」なのだ!みたいなことだったような。

ふ〜ん。カッコイイこと言うね。と思ってなんとなく心に残っていました。

とはいえ、DoingとBeingがどこかオーラの第6層くらいで留まっていて、なんだかずっと理解が深まってはいなかったのですが、このところ深まってきた感があり。

常に、「人生を楽しく快適に過ごすには?」ということを追求している私ですが、やっぱり「何かをする」ことで得られる快感や喜びじゃなくて、「どういう状態であることが自分にとって喜びなのか」ということの方がホントじゃね?と気づき始めました。

たとえば、私の場合は、気持ちがリラックスして、体がまったり、日だまりでゴロゴロしているような、心がほほえんでいる状態、になりたいわけです。
で、こういう状態になるために「何かをする」、おいしいものを食べる、とか、好きな人と会うとかしなきゃ!、しなけりゃそういう状態になれない!などという思い込みがあり、そうしてきたのですが、結局自分の気持ちの問題というか、内的なもの、つまり自分自身のことなので、自分次第でどうとでもできる、、、のではないかと思ったんですね。

なので、試しに、何もしてないけど、望む気持ちになれるのか、やってみました。なりました。

せっかく良いこと発見した感じなのに、このDoingBeing問題をなんか上手く説明できずにモンモンとしていたところ、最近仲良くしている心理学者の先生と駄弁りんぐしている中で、やっぱ俺ら日本人はセロトニン系の幸せ求めてるんじゃね?みたいな話になりました。

ちなみに、セロトニンというのは、うつ治療などの話で出てくるものですが、心の安定をもたらすと言われるもので、セロトニンが不足するとうつになるとも言われています。一方、ドーパミンは快楽ホルモンと言われているものです。

学者先生と、私の「万年やる気なし」をどうやってもり立てるかということについて話し合っていたときに、タンジーさんの場合は、軽い神経障害で、ドーパミンが出にくいんだと思うよ、みたいな話になりました。なんでもドーパミンがあまり出ないと、やったー!とかきゃーうれぴー!とか、そういうキャッキャしたような喜び系を感じにくいらしいんです。だからいつでも割と落ち着いたというか、テンションは低いみたいな感じ。

だけど、そもそも本来的には我々は農耕民族だから、狩猟民族的な「やったどー!」みたいなビンビン系の喜びじゃなくて、まったりゆるゆる系の幸せ感じる〜っていうセロトニン系幸せ感が日本人的なのに、欧米化してドーパミン的な幸せが正になっちゃってるね〜なんて話になり。

これでピンときて、つまりDoingはドーパミン系だけど、Beingってセロトニン系だな〜と。

幸せ感には種類がある。
自分はDoingなドーパミン系幸せを求めているのか、それともBeingなセロトニン系の幸せを求めているのか、あるいは両方か。見極めが必要ですね。

私はメインがセロトニンで、ときどきドーパミン。って感じですかね〜。
そういうふうにわかってくると、必要以上に何かをやらなきゃという気持ちにもならず、セロトニン的な生活に重きをおけて、結果、より幸せ感じる・・・ていう良い循環になってきています。

ということで、みなさんも、今の自分は何系の幸せを求めているのか、ちょっと振り返ってみてはいかがでしょうか。


2012/01/15

歯が生えてくる


体のバランスが崩れていると、ごはんを食べるときに唇を噛んだりする、と聞いたことがあるようなないような。

12月は中旬くらいからずっと鼻風邪らしきもの、、、花粉症みたいな感じのものになっていましたが、その頃からごはんを食べるときに油断すると唇ををガブッと噛んでしまうことが多々ありました。

年末だし、本格的に疲れが出て来ているのかなぁ。。。風邪も治らないしなぁ・・・。

と、いささかしょんぼりしながら養生していたわけですが、結果、歯が生えてくるところだったからなんだ!と、今では思います。

歯は生えるべくして今生えてきているのだとも思いますが、この歯のプロローグは実は数年前から始まっていました。

右側だけに偏って使ってしまう傾向が強い私は、ごはんを食べるときも基本的に右側だけで噛んでいました(当時)。今から思えば、右が軸足だから、右で噛むのも当たり前かとも思いますが、そんなことを知らない頃は、均等に使うのがよろしいなどと提唱するTV番組などの影響を受け、右噛みオンリーだと右側だけ顔が疲労して老けるなどと思い、意識して左で噛むようにし始めました。
左で噛み始めて数日、左の歯が痛くなりました。使ったらすぐに痛くなるほど使っていなかったのかと思いつつ、慣らすためにしばらく左噛みを続けましたが、あまりの痛さに断念。右噛みに戻りました。

だがしかし、それは歯生えの始まりだったのです。

左で噛むとすぐ左奥歯が痛くなる、ということを何度か繰り返しつつ、それでもときどき歯が痛くなることを忘れて左噛みをまた始めたり、止めたりということを数年やっていました。昨年も懲りずに思い出したかのように左噛みを始めましたが、歯が痛くならなかったので調子こいて左でずっと噛むようになりました。

左噛みが定着し、左だか右だか意識せずに噛みたい方で噛むようになった頃、2012年の年初め、その「噛む」という刺激によって歯が本格的に生え始めました。思い起こすと、左噛みをすると痛くなっていたときの痛みと同じ。ということは、噛むことによって歯が出ようとしていたのね!と今になって、長い年月、出よう出ようと今か今かとタイミングを図っていた歯を愛おしく思いました。我々の意識下では到底考えつかないような地道な変化を無意識はずーっとやっていてくれていたんですね。

ま、俗にいう、親知らずってヤツですが、今回生え始めた1本が最後の1本で、これでようやく4本勢揃い。これ以上生えてきたら、釈迦族(聖おにいさんより)の血を引くものかもしれません。

昔だったら歯が1本生えようがだから何?って感じでしたが、いろいろ勉強した今だと歯が1本生えるということがもたらすエネルギー的な変化というものが無いわけ無いと強く感じます。

第一、上の歯との噛み合わせが変わることにより、脳への刺激が変わってくるので、それだけでも考え方や感じ方に影響があると言えると思います。また、ささやかですが左右の重さやバランスにも影響があると思いますので、その繊細な違いが感受性に大きな影響をもたらすことも想像できます。
今まで無かった箇所に歯が生えてきてることによって、体の使い方も変化しようとしているのがわかります。というのは、新歯の横の口の中の肉が、まさかそこに歯があると思ってないので当初切れるか傷つくかして腫れ上がっていましたが、段々口の肉の側が避けてきているのかなんなのか、新歯に当たらなくなろうと努力しているのがうかがえます。
そのうち、当たらなくなると思うので、そうなると体が変化したってことになりますよね。

いや〜しかし、数秘術で見る新しいピナクルを目前にしたこのとき、いよいよ足りなかったものが揃うとなるとなんだか意味深ですよねぇ。

幸い、フェイシャルリフレクのテクニックを知っているため、炎症的な痛みは抑えられていますが、今は、歯が一斉に逆方向にずれ始めているので(新しい歯に押されて)、うずきます。生えてる〜って感じします。
小さいころ、乳歯が抜けて永久歯が生えて来るときは、あまり生えてる感ありませんでしたけど、子どもと大人だと感受性に違いがあるからでしょうか。他に夢中なことがたくさんあって歯のことなんて気にしてる時間なかったのかも。

ちょうど誕生日頃までにはずいぶん生え終わるのではないかと思います。

2012/01/11

あけましておめでとうございます



ご挨拶が遅くなりすみません。

いや、大掃除が終わってからご挨拶を・・・と思ってせっせと年を越しても片付けに勤しんでいたんですが・・・ま、終わらないので、このあたりでご挨拶を。
何かあったかと心配されている方もおいでかと・・・。

いや〜。片付けっていうのはじっくりやると楽しいものですね。いつも、バーッと片付けというより隠すという感じの掃除でしたけど、今回はときめき手法で行っているので時間はかかりますが、これこそが片付けであると思えることを行っています。
なんせ、物がどこに片付けられたいかを語りかけてくるのを待つ・・・的な部分があるので、それを感じるまでは出しっ放しなわけで。いやでもだいぶ落ち着いてきましたよ。

語りたいことはたくさんあったんです。
年明け最初に何を書こうか、どれから語ろうかと思いましたが、年末年始に体験した話題をお一つ。

先に書いたように、年末までは風邪をひいていたので片付けがあまりできなかったので、年明けからが本番だったわけですが、ラッキーにも近くにヨーカドーがあるので、年始早々収納グッズを買いにいったわけです。

収納グッズコーナーはメイン入り口寄りにあるのですが、母が「ついでにコンニャク買ってきて」というので、まずは食品売り場に向かうことにしました。だって、収納グッズを買うと両手が塞がってしまうので先にコンニャクを購入しておく必要があったからです。

食品売り場へ向かって歩いていると、ヨーカードー内のイベントスペース的なところから「さあ、みんな!いよいよゴーカイジャーが登場ですよ〜!みんなで呼びましょう!」というおねえさんの気合いの入ったアナウンスが聞こえてきました。

ヨーカドーでは、よくこのような子ども向けのイベントをやっているので、年始だけにまたやっているのだな、と思いました。
イベントスペースの方を通過したところが食品売り場なので、イベントスペースの方に歩いていると「ゴーカイジャー」という垂れ幕的なものがあり、スペースの周りには子ども連れの家族がまあまあ並んでいました。

昔で言うところの「ゴレンジャー」みたいなやつかな・・・などと想像しつつイベントスペースの脇を通り抜けようとしたとき、ちょうど子ども達が「ごおかいじゃぁ〜!」と一斉にゴーカイジャーを呼んだところでした。

ゴーカイジャーだけに、さぞかし豪快な登場で、豪快ポーズを決めるのだろうと、ちょっと見たい気持ちもありましたが、コンニャクのことがあったので、足を止めずに通り過ぎようとしたとき、目の前のテントみたいなものの布に赤い手袋がスッと見えた方と思うと、ウソかと思うほどのテンションの低さでゴーカイレッド、ゴーカイイエローと続々と、トボトボ歩いてうつむき気味に出て来ました。なんの勢いもなく・・・。

あまりのことに「え!?ちょ!そんな出方で楽しみに呼んだ子ども達どうなるの!?」とビックリして凝視すると、最後に登場したゴーカイグリーンだけは勢いよくテントから飛び出ましたが、なんと、「ピース!ピース」といった感じで両手で激しくピースをしていました。いずれにせよ、ヒーローの出方じゃねーだろ!

うそーん!・・・と心で叫びつつ、コンニャクを買ってジャンパーのポケットに入れ、今度は収納グッズ売り場へ向かう為に再びイベントスペースの脇を通りました。ちょっと気になったので、ゴーカイジャーたちの様子をチラ見してみると、なんとゴーカイレッドが椅子にきちんと座って、子ども達が出すスタンプカード的なものに、すごーく丁寧にぺったんぺったんとはんこを押していました。
めっちゃ膝揃って座ってました。
。。。全然ゴーカイじゃない・・・とまたガッカリさせられ、年明け早々子ども達の夢が崩れてないのかドキドキしました。

しかし、まあ、ぼんやり幼い頃を思い出してみると、子どものころは直立不動のウルトラマンの等身大置物みたいなものでも毎度楽しめてたし、ちょっとしたヒーローみたいなのがただ立ってるだけでもキャーキャー喜んでいたものでした。
だからきっとあの子たちも大丈夫・・・と夕暮れの空に光る月を見ながら帰る道すがら、ポケットのコンニャクがやけに冷たく感じました。。。

なんて、詩的に終わってみたり。
ヨーカドーのゴーカイジャー、年始のバイトとはいえ、もっとやる気だせよ!割り増し料金だろ!年始は!

追伸:新年、新しい歯が生えてきました。