2010/11/07

第3次肉まんブーム

おそらく第1次ブームは中学校ぐらいの頃に母がどこぞのデパ地下で高級肉まんを買ってきてくれたときだと思う。

コンビニの肉まんとは違い、小さくてきゅっとした本格中華まん。ジューシーで美味しかったため、割高なのにバクバク食べてヒンシュクだったのを覚えています。

第2次ブーム。
それは、肉まん、あんまん、カレーまん、ピザまんのベーシックまん以外に、ホイコウロウまんやらなんやらと、コンビニオリジナルまんが充実したときのことだった。
普段行かないサンクスで見つけた、なんとかまん(既に忘れている)は、コンビニ中華まんの常識(当時)をくつがえす、なが細い形だった。
コンビニ中華まんといえば、丸が普通だったが、そのなが細い形に度肝を抜かれ、興味本位で食べてみたところ、あまりの美味さにそれからしばらく食べ続けたのを覚えている。
今でこそ、ディズニーシーの餃子まんがなが細いので、なが細かろうがなんだろうが、ああいう生地で包まれていれば「肉まん系」であると思われているが、ほんと衝撃だった。


そして今、第3次ブームが訪れた。

先日、ヨーカドーを流していた時、「肉まんいかがですか〜?今できたての肉まんどうぞ〜。」と、ヤマザキの肉まんの試食をやっていた。
肉まんに魅了されたわけではなく、空腹だったため、「どれ・・・」と肉まんを試食してみたところ、意外とジューシーでうまい。
母に「あの肉まん買って」とお願いし(アラフォーの発言と思えまい。)、肉まんあんまん2個ずつセットを買い、母とそれぞれ1個ずつわけることにした。

あんまん、というのは、若い頃の私には「中華まんが甘いなんて邪道!」と思われ、おばちゃんが肉まんと間違えてあんまんを入れた時以外は食べなかった。しかし、中年を迎えた今、なぜかあんまんも妙に魅力的に映り、まずは、あんまんから食してみた。

袋に書いてあるレンジでの温め方を見ると、「500W 35秒 1000W 20秒」だかと書いてあった。注意書きには、「やりすぎると、生地がパサパサになるので気をつけろ」と書かれている。調子にのってあっためれば良いというわけではないらしい。うちのレンジは800W。・・・大体25秒ぐらいかな・・・。ということで、やってみた。

微妙にあったまった気がしなかったが、こんなもんなのかもしれないと自分に納得させ、食べた。あんこが美味しかった。

続いて母が肉まんを食べるというので、ついでに私の分も温めてもらうことにした。母はこういう微調整に弱いので、1個25秒程度だとつげたが、案の定2個同時に温めたため、温まりが弱く、「じゃ、もう10秒くらい」と言って、温めた。私は内心ドキドキしていた。この10秒で皮が硬くなって、食べれる代物じゃなくなってしまったらと、うっすらとイライラしたりしながら、レンジがチンというのをまった。
取り出してみると、先のあんまんのような微妙なあたたまり具合だったが、これ以上やると皮が硬くなる!という恐れが私を包み込んだため、私は「あ、あったまったあったまった」と、あたかもこれができあがりの理想であるかのように食べ始めた。

ところが、食べるの大好き3種体癖の母は、このできあがりに納得がいかなかったらしく、「皮が硬くなる」という恐れすら感じていないかのように(たぶん感じてない)、肉まんにさっと水をかけてラップで包み、「あと30秒ね」と言って温め始めた。

「そんなにやったら皮が硬くなって食べれたもんじゃない」と思う気持ち半分、「こういうときの3種の感は鋭いから、案外美味しくできあがるのかもしれない」という気持ち半分様子をうかがっていると、なんと、ほっかほかの絵に描いたような「THE・肉まん」ができあがった。

「あつっあつっ」などと、ハフハフ言いながら食べる母を横目で見ながら、絶対に自分はあたために失敗したと思われたくなかったので、悔しさを内に秘めながら、「案外この肉まん、美味しいよね〜」と言ってみせた。

そして、今度こそは絶対ほかほかを食べてやる!という決意を胸にしつつ、しかし、それを悟られないように「良ければまた買ってきて」とさりげなく依頼した。

母は私の気持ちを知ってか知らずか、ほどなくしてまた肉まんあんまんセットを買ってきてくれた。

「肉まんあるよ」と言われても、すぐに温めを実践すると、あたかも「前回失敗したことを気にしている」と思われるといけないので、大して興味のないそぶりで、「あ、そ。」と言ってみたりした。

すると母が、「今回はおまけつきだった」というので、「何?」と聞くと、なんと、「肉まんあっため簡易蒸し器」だった。ヤマザキ!オレの悔しさを察してくれたんやな!

やはり、「あっためが難しい」というご意見がヤマザキに相当数寄せられていたと思われ、信じられないくらいのありがたい特典が実現したのだ!

早速やってみたい気持ちを抑え、興味があまりない風に「あっため器なんてヤマザキも気が利いてるね」と言ってみたが、油断するとついついあっため器の話題にしてしまったりしたので、気づかれたかもしれない。(何を!?)

母が早速あっため器で肉まんを温めてみるということで、何やらセットしたりしていたが、見ると興味あると思われるといけないので、ガラスに映る反射で様子を少し確認したりしながら、できあがりの具合を探った。

母のセットはあいかわらず適当みたいだったが、それでも上手に温まっていた。

早くやりたい!

と思いつつ、その日はお腹がすかなかったので翌日に持ち越すことにした。

夜、キッチンをふと見ると、肉まんあっため器が、無下に置かれていた。
「私も使うのに!」とわき起こる怒りを抑え、興味があると悟られまいと、気づかれないように、さっと洗い、あっため器を次回に備えて、準備しておいた。

早くあっためたい。

2010/11/03

お告げ

あー、骨盤いじってるせいか、顔の右側だけがツッてる感じがする・・・。

・・・とかいうと、恐いですよね。
気にしないでください。

最近、夢見がいいんです。・・・良いというか・・・おもしろくて。

先日なんぞは、とうとう、夢に、某有名な神・・・神の子といった方が正しかろうか。そう、○エスが登場し、私に「今やれることを精一杯やれば良い」と言ってくれました。

こんな風にいうと、「大天使ミカエルが私の夢枕にたちました!」的な感じにとられそうですが、私にはこの夢がその手のお告げ系でないことがなんとなくわかっています。

というのも、寝る前に「聖おにいさんの新刊そろそろ出ないかな」とふと思ってから寝たからです。
そのせいで、○エスが出て来ちまったな〜。

にしても、その夢で○エスに励まされたわけですが(励ましたわけじゃないかもしれないけど)、そのとき私は、「そうね。過去世で布教活動してたときは、なんでこれが大事なことなのか結構ブーブーだったけど、なんか今になって、わかる気がする!やれることをやれば良かったんだよね!」とか思ってるわけです。

・・・まったく、宗教にほぼ無関係だし、聖書の内容とかまっっったく知らない私の夢に○エスが出て来ちゃうなんて、なんかハバかられるね。みんなに平等なのね。彼。

次から次へといろんな神が出て来てお話できたらいいな♪
神についてあまり詳しくないから、神だってわからない場合もあるかもしれないけど。

ちなみに、新刊が出たお告げだったのかと思って本屋に行ってみたけれど、まだでした。残念〜。

2010/10/31

骨の歪みをなおしてまう


ちょっと調べものをしていたときに、「図解手を添えるだけで、骨のゆがみがなおる!」という本にバッタリ出くわしました。
Amazonのレビューなんぞを読むと好評価で、内容も私の好みっぽい。。。
だからといって、、、ブツブツ。。。
と1週間ほど悩みましたが、結局買ってしまいました。

レビューにあったとおり、サラっと読み終われるライトな内容ですが、早速ここに書かれている「骨盤の歪みを治す」というのをやってみました。

・・・治った!

という実感などが一切ない程度のソフトなタッチングで行うため、骨盤の歪み自己調整というのが終わっても「・・・果たして調整されたのだろうか?」とよくわからず、「実感」を求めて、引き続き、顔の歪みを治したり、捻挫を治したり、目の疲れをとってみたり、背骨を調整してみたり、まー、平たくいうと書かれていたのを大体やってみましたが、「・・・これでいいのかな?」という感じで、ズレが治ったのかはわかりませんでした。

こういうときは、とりあえず寝れば変化が起こるはず・・・と思い、ひとしきり調整したあと、昼寝してみました。からだは寝ている間に調整するものぞ。

数時間眠り、起きると・・・

い、痛い。からだ・・・た、す・・・け・・・て・・・。

中高生時期の成長期のときのように、骨という骨が軋み、うずいている〜。
あー、どーにもなんねー。ぎゃー。

ということで、一応調整されているようです。

骨盤調整したあとは、簡単に片足立ちできるようになる、と書かれていたので、早速やってみると、確かにすっとできました。

感動のあまり、母に「見て!調整したら片足立ちしてもぐらつかないわ!」と見せたところ、母が、「私もできるわよ!」と調整もしてないのにさっと片足立ちして見せたので、なんか骨盤調整のせいじゃないのかな、とかも思いました。毎度萎えさせる女だよ。あたしの母。

とはいえ、これだけ骨がきしむってことはなんらかの変化が起こっているということだとは思うので、引き続き人体実験し、歪みを調整してみたいと思います。
でもこの本では主に、上下方向の骨盤の歪みの調整法(右が上がってるとか左が上がってるとか)しかないのですが、私は捻れているわけで、これはどうしたらよいかわからないのですが、なんとなくそれっぽくやってみたいと思います。

とりあえず週1くらいかな。やりすぎると地獄を見るからな。

2010/10/28

かもめ食堂


最近HPを少し変えようかな〜と、時間ができるとポチポチ試してみています。より今の自分にあったものにしてみようかと。


そんなことを考えていると、最近ハマっている「かもめ食堂」で、主人公のサチエが言った言葉を思い出します。

かもめ食堂のことは食パンのCMを通じて知ってはいたのですが、映画は観てませんでした。本も読んでません。
少し前にTVで放送したのを初めて観たですが、何がとはうまく言えないものの、とにかくその空気感に惚れてしまって、ことあるごとに何回も観ています。観るたびに、何か心が・・・なんともいえぬ・・・「は〜(^^)」みたいな感じになるんですよね〜。
私は気に入ると何回でも同じのを観れるタイプなので、ある意味経済的。あと少なくともきっと10年くらいは楽しめます。

で、主人公のサチエはヘルシンキで一人で食堂をやっているのですが、そこに片桐はいり演じるミドリがジョインしてきます。食堂は全然お客さんが入らないので、ミドリがガイドブックに載せようと提案してくるわけです。
するとサチエが、なんかそういうのは「この店のにおいと違うと思う」と言うんですね。

なんかそれって大事なことだな〜と、観るたんびに思うんですよね。
私もそろそろ、そういうのを嗅ぎ分けていかないとな。

嗅ぎ分けるといえば、サロンMはどんなにおいだろうと考えてみました。サチエは「におい」って実際の匂いのことを言った訳ではないでしょうけれど、ここでは敢えて実際のにおいをイメージすると・・・。

木のにおい
湿った土のにおい
浜辺のにおい
太陽で乾かした洗濯物のにおい
魔女の家のにおい
セドナのにおい
ふとんのにおい
ふかふかの毛布のにおい
フレーバーティーのにおい
いれたてのコーヒーのにおい
コットンのにおい
草系のハーブのにおい
ストーブつけたときのにおい
レモン水のにおい
アイルランドのにおい
ヨーロッパの一般家庭のにおい
ハチミツのにおい
パンケーキっぽい焼き菓子(あまり甘くなさそう)のにおい
他人の家のにおい
スープのにおい
ハンバーグのにおい
かすかに花のにおい

・・・うーん。こんな感じかな〜。

必ずしも「ハンバーグのにおい」がしているというわけではなく、するとしたら、ステーキよりもハンバーグのにおいかと。
そんな感じです。

9が来てる・・・

来年は私にとって、ヌメロナンバー「9」の年。
でもまだ8の年のはずなんですが、さすが既に今年を振り返り済みだけあり、すでに「9」の予告編のようなことが身の回りに起き始めています。

先日も言ったように「8」が財、パワーを表しますが、「9」は1〜8まで全部の要素が入っていて、総仕上げ的な年なのだと思われ。

大いなる流れに従う、ということを表すとも言われますが、タロットでいうと、ランタンを持って暗闇を照らしている人物がそれに当たるわけです。

要するに暗闇を照らして皆を先導するという役割ですね。

でもそれは、有名な絵画のように群衆に対して「こっちじゃ!」と手をあげて導くのではなく(西欧のあの絵ね、アノ絵)、私が歩いてたら勝手に後ろついてきとるやん!的な導きです。

「気づいたら勝手にうしろに人続いとるやん!」みたいなことって日常的に遭遇することって普通だとあまりないですが、最近このような象徴的な出来事が頻発してきました。「来年9ですから、こんな感じでよろしくッス」ということでしょうか。

9は私の誕生数ですので、あまり出現しない8よりは馴染みやすく、早くも居心地良い感じです。

しつこいですけど、9の年の前に「ニュー・アース」読んどいてよかったです。まだ読み直してますけど、引き続きすごく、ためになってます。

・・・でも急に飽きる日がくると思うのであしからず。ブームなんで。ブーム。

・・・チャックは飽きたわけじゃなくて、既に身の一部に吸収されたんですよ・・・。

さて、ご自分の来年のナンバーはなんでしょうか。

2+1+1+自分の誕生日を分解した数

ですよ。11月27日生まれなら

2+1+1+1+1+2+7 ッすね。

15なのでさらに1+5で6と。この人の2011年のナンバーは6となるということです。

やってみるとおもしろいですよ。

2010/10/26

好雪片片不落別處


「好雪片片として別処に落ちず」

舞い落ちる雪のひとひらひとひらは、落ちるべきところに落ちている

という意味です。

最近この言葉が気に入っていて、思い出してはなんだか安心しています。

2010/10/21

修行せよ



肉体疲労がMAXに達したため、先日プレムクリニックへ行ってきました。

すると先生から「2010年を振り返るの早すぎるでしょう。」とツッコミが。

そうは言いますが、私は大体いつもこれぐらいの時期になると、一年を振り返ってしまうのです。でも、ブログに書くと早いかな〜と思うので、これまでは振り返った内容をメモしておいて、年末に書いたりしてました。だから、振り返りの振り返りだったわけですが、「自分の流れでええやんか」が極まりて、もう振り返りました。ハイ。ありがとうございます。(なんのこっちゃ)


先日テレビで映画「陰陽師」をやっていました。私は野村萬斎が好きなので、前にも見ましたがまた見ちゃいました。IIの方を見ていたら、晴明が中井貴一に、時が経てば全ては消えてなくなるものだ、というようなことを言っていました。

野村萬斎をガン見していた私でしたが、その台詞に、ハッとしました。「ニュー・アース」に書いてあったな、と。(もう、ニューアースネタいいよ、って感じですか?)

チャック後、チャック前と同様に、ニュー・アース前とニュー・アース後では、自分の中では何かが大きく変わったのですが、要するに晴明が言うように、全ては幻想。消えてなくなるものだと、改めて悟ったわけです。

だから、振り回されずに、のほほん行こう!ということですよ。

この世の幻想に振り回されないためにはどうするか。

修行です。修行する必要があります。
別に瞑想じゃなくてもいいんです。瞑想すると、幻想がわかりやすいだけで、自分にあったやり方で良いと思いますが、とにかく日々修行です。

・・・なんていうと、なんかイニシエ風ですけど、現代風にいうと、要は、「メンタルトレーニング」です。

少し前に、ダライ・ラマのしゃれた名言集を集めた、「抱くことば」という本を読んだのですが、その中に、

「・・・(省略)・・・アドバイスしたいことは、ほんとうの満足感や心の安らぎは、メンタル・トレーニングによってのみ得られるもので、・・・(省略)」

とありました。

仏教系には疎い私が(ていうか、何でも疎いけど・・・)ダライ・ラマのことが結構好きなのは、雰囲気がただのオジサン(つか、もうおじいさん?)ぽくて親しみがあるからと、説明が上手だからです。


ラマの言葉を翻訳したものを読んでいるので、多少は翻訳者の力もあるでしょうが、以前DVDで見たラマもそんなに難しいことを難しくいっている感じはしませんでした。

現代風にわかりやすく言ってくれる、表現できるのが、彼のすばらしいところで、そのせいで尚親しみを感じるのかなぁと思ったり。


話がそれましたが、ダライ・ラマも言うように、メンタル・トレーニングってやつですよ。自分が幻想に惑わされちゃってる瞬間に気づくことがまず最初です。大概気づきません。
修行していると段々気づけるようになってきますので、しぶとくがんばることが大事です。

「抱く言葉」文字も結構大きく、すぐ読めちゃいますが、おススメです。結構良いこと書いてあります。
なんせ、冒頭が「人生の目的は幸せになることです。」ですから。

最近、なんせ が口癖になっちゃったな〜。